長福寺の歴史

 

長福寺は平安末期から鎌倉時代に栄西によってもたらされた禅宗の

寺院であり、臨済宗円覚寺派の寺院です

開基は大覚禅師(蘭渓道隆)の法弟空山円印禅師

中興開山は円覚寺102世大雅省音禅師

本尊に釈迦牟尼仏、脇仏に観世音菩薩と地蔵菩薩をおまつりしています


鎌倉時代 和泉小次郎の創建道場として開かれたとの伝説が残っています

和泉小次郎は 龍の子太郎のモデルになったとも言われている武将

ですが、源頼家の遺児千寿丸を擁して戦おうとし、これが後の

和田合戦の元ともなったのでした

長福寺の周辺には 小次郎にまつわる遺跡や伝説が数多く残っています

 

江戸時代には十世住職や十五世住職が寺子屋を

開き、村の子弟の教育に当たりました

筆子(弟子)の建立した住職の墓が、歴代墓所に

残ることからも尊崇を集めていた事をうかがわせます

 (歴代墓所は許可なく見学することは出来ません)

明治期には中田、和泉、上飯田、下飯田の4ヶ村連合

役場が境内に置かれ行政の中心となっていた時期も

ありました

歴代墓所には首を欠かれてしまった石仏が残っており

廃仏毀釈のうねりの中で耐えた時代をしのばせて

います